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飲食店先輩経営者からのメッセージ

すでに飲食店経営者として活躍されている先輩経営者から後輩経営者に向けてのメッセージです。
これから共に飲食業界を引っ張っていく後輩経営者へたくさんのメッセージが寄せられています。

北海道 道央の先輩経営者からのメッセージ

La Giostra(ラ・ジョストラ)

「金をかけずに愛をかける店作り!」

時崎 仙浩 氏

カフェ、レストラン
2012年開業

以前イタリアを旅した時、現地の“バール”に触れ、その魅力に感動した。雰囲気、スタッフ、売り物、見るモノ全てに憧れた。本場で見た“バール”は、日本にはない!と思い、何れ自分の手で、作りたいと考え、その為の修業を始めた。バリスタとしてコーヒーを学び、ワインやお酒の知識、ジェラードや料理などを修得し、札幌市内のカフェで店長を務め、店舗を運営するための様々な、経営知識を得た。そのカフェが閉店するタイミングで、独立を決意。イタリアにホームステイしながら、本場の味を修得し、帰国後は、物件を探しながら、持前の知識を活かしたカフェコンサルタント業を行って実績を残してきた、自信もついてきた矢先、平成24年、まさに思い通りの立地と、広さの1階物件と出逢い満を持して、開店した。ほぼ手作りの内装は、随所に憧れた本場“バール”の要素を取り入れ、イタリア人も来店するなり懐かしむ程の雰囲気を作り上げた。本来“バール”は日本で言えば、駅のキオスクのような存在で、酒もあれば、ジェラートもあり、しっかりとした美味しいコーヒーが気軽に飲めるお店だそうだ。そんな折、出場した、日本バリスタ協会(JBA)主催「バリスタグランプリ2014」で、堂々、日本一の栄冠を獲得し、その実力を証明した。2店舗目ラ・タヴォロッツァを開き、今後も子供の如き店とスタッフに愛情を注ぎ続ける。

有限会社ティークリエイト 酒食家 とりもん 他

「金をかけずに愛をかける店作り!」

広瀬 正人 氏

居酒屋
2004年開業

実家は、温泉旅館などを営む商家で、男子は、30歳までに独立起業するのが、暗黙の了解だった。サラリーマン時代は、10年間、業務用洗剤メーカーの営業職に就いていた。飲食店を始めるきっかけは、手に職がなかった事と、営業時代に、多くの飲食店さんを見続け、衛生アドバイスをしていた経験から、良い店を見極める目が養われていた事だった。平成16年、29歳の時、琴似で第1号店、酒食家「とりもん」を開店。裏路地で、目立たない事もあり、OPEN後3ケ月は、全くの不振だった。その時、営業で培った経験を活かし、琴似近辺の会社に営業して歩いた。回った数、3ケ月で約8000社。朝と晩は、自らチラシを、地下鉄駅、JR駅で、配り続けた。寝る間を惜しんで動き続けた3ケ月後、お店は、連日満席の大繁盛店となっていた。“暇だ暇だ”と嘆くお店程、衛生状況が悪かったり、営業中にTVを見ていたりする事を知っていたし、商売で、「待ちは、現状維持と衰退しかない、攻めて攻めてちょっと上がる位」だと認識して、ひたすら行動し続けた結果だった。また、緻密な数字の管理も欠かず行い、一日一日の数字を大切にした。お店を出す上で大事にしている事は、初期投資を徹底的に低く抑える「金をかけずに愛をかける!」事と、良いお店が数多くある中、選ばれる為に大事なのは“人”!「男は太陽であれ!女は花であれ!」がモットーだ。今後は、スタッフと共に今のお店に更に磨きをかけていく。

株式会社北の味 北のあんこや

「お客様に喜んでもらいなさい。」

関本 敏安 氏

和菓子
1983年開業

昭和58年、父である先代が、「キャンディー屋」として創業した会社を、平成20年、他界をきっかけに、代表に就任した。元々先代は、昔ながらの職人気質で、事細かに教えてくれる人ではなかったが、傍で共に仕事に励み、色々な技術を習得していった。亡くなる前に、先代が原案を考え、自分が形にし、二人三脚で作り上げた「雪だるま焼き」が、会社一番のヒット商品だ。北海道らしい見た目の珍しさ、可愛らしさだけではなく、他店では真似の出来ない“もっちり・パリッと”した薄皮と、美瑛の農家さん達が生産する、珍しい小豆“しゅまり”で作った“あんこ”が自慢の逸品だ。“しゅまり”は、香り・艶・味わいのどれをとっても、あんこに適した品種だが、一般にはなかなか出回らない、生産量が極端に少ない品種だ。元々あんこが苦手だった自分でも、自然に食べられるこの“しゅまりあん”を多くの方に広めていきたいとの思いが強い。言葉少ない先代が常に言い続けてきたのは、「お客様に喜んでもらいなさい。」この言葉を胸に、お客様、取引先様を含む多くの方に可愛がられる会社作りがモットーだそうだ。地域に愛され、応援されるモノ作りを目指し、先代から引き継いだ味を守り、追及し、日本全国の方に知ってもらう取組みを進める。

有限会社SPICE GOGO 札幌らっきょ 他

「人生にスパイスを!」

井手 剛 氏

スープカレー
1999年開業

元々、ホテルサービスマンだった。新たに務めた洋食屋の2号店目として、スープカレー店の出店計画があり、準備を進めるも、急遽出店取りやめとなり、「やりたいなら、自分でやってみたら?」という話から、売り言葉に買い言葉的な勢いで出店を決意。1998年、29歳の時に琴似で、スープカレー「らっきょ」が誕生した。とにかく必死で働いた。2000年、横浜に2店舗目を出店するも、軌道に乗らず撤退。困難に直面し、おこなったのは、料理、接客サービス、お店の雰囲気、スタッフとの関係、お金の計算、掃除など“今あるもの全てを見詰め直し、一つ一つを丁寧にする”事だった。お客様との会話から、「明日また来てもらう為には、どうしたら良いのか?」ファンになって頂く為の事を丁寧に積み重ね、“一度しかない人生を、愛とカレーに賭けた!”。高校時代の校訓「よく考え、真面目に頑張る。」を胸に、“スープカレーを知ってもらう”活動をコツコツと続け、努力が実り、2001年頃からようやく軌道に乗り始めた。「スープカレーを家庭でも食べる、外食でも食べる。」普通の食文化として、食べてもらえるように、料理教室を開いたり、家庭で食べられるようなレシピを考えたり、演歌歌手のように、息長く伝え続けてきた。これから始める人には、その業界でTOPになる気概を持って、とんがったモノをいっぱい、いっぱい考えて創り上げて欲しいとエールを送る。今後は、一次生産者と手を携え、業界作りの為に一般社団法人スープカレー協会、カレーヤーズ等のコミュニティを運営し、海外も含め、もっともっと多くの人達にスープカレーの魅力を伝えて行く。

ラーメン逍遙亭 「塩屋ゆうじろう札幌店」

「人という財産」

溝口 敏 氏

ラーメン
2007年開業

飲食店を始めるきっかけは、前職の経済団体で、多くの小規模経営者たちの相談を受けたり、専門学校での教員経験をした中で、人生最後の仕事に実際のマネジメントの経験をしたいと考え、発意したこと。ちょうど子育ても終わり、奥様がラーメン店をやってみたい!と以前から考えていた事、家業が自営業だった事も手伝って、2007年に、初期の手持ち資金は、300万円まで!と退路も決めて開業した。自慢は、「塩ラーメン」だ。今まで自分が食べて来たラーメンは、脂が多く、にんにくの香りが強過ぎて、次の日まで胃がもたれるモノばかり、もっと普通に美味しくて、食べ飽きない、鶏と野菜とカツオをベースとした純粋なスープを追及し、年配の方にも配慮した身体に優しい味を目指した。ちなみに、「逍遙」には、“思いにふけってぶらぶら歩く”という意味があるとの事、多くの方に、気軽に入って欲しいとの思いからだ。ご夫婦で、「人という財産」を今までずっと大切にしてきた。そんな人柄から、多くのファンの方に支えられて、らーめん共和国出店時、ラーメン王2回、旨さの達人3回受賞。今後もコツコツと次世代のファンにこの味を伝えていく。

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