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飲食店先輩経営者からのメッセージ

すでに飲食店経営者として活躍されている先輩経営者から後輩経営者に向けてのメッセージです。
これから共に飲食業界を引っ張っていく後輩経営者へたくさんのメッセージが寄せられています。

やきとり風月

三河赤鶏の美味しさを多くの方に知ってほしい!

宮治 泰利 氏

焼鳥
1967年

実家が飲食店を経営していたが、自分は東京で別の事業をしていたのだそうだ。しかし、親の年齢も上がってきて、気がかりになってきた事や、自身の事業の手詰まり感もあり、跡を継ぐことを決意、32歳の時に地元に戻ったのだという。

ただ、料理に対する興味は子供の頃からあったとはいえ、実際には学生時代のアルバイトぐらいしか経験がなかったので、実家のお店を手伝いながら、料理やお酒、経営のことを勉強していったのだそうだ。

そんな折、三河赤鶏と出会い、その美味しさに感動して、焼鳥屋をやることを決意。手探りの状態でのスタートだったので、毎日が驚きの連続といった感じのオープンだったと記憶している、と社長は語る。

「三河赤鶏の美味しさを一人でも多くの方に知ってほしい」がコンセプト。

丸鶏で仕入れているとの事。一羽丸々仕入れているからこそ、希少部位など色々な部位も楽しんでいただけるそうだ。また、部位によって火力や焼き時間が異なるため、部位ごとに炭火で香ばしく焼き上げているのだという。

現在は焼鳥店を3軒展開しているが、まだまだ試行錯誤の日々。店舗を増やすと一番の問題は人。人で悩むことが非常に多いそうだ。

人気メニューはねぎま。(基本は塩)皮目をぱりっと焼くので、たれより塩の方がおススメとの事。

経営してきてつくづく思うのは、経営者がどうしたいか、なりたい自分を明確にしていくことが大切なのだという。

これまでやってこれたのは、まずは「運」。そして、運が来たときにつかむ準備を日頃からしていることが重要だと、社長は語る。

座右の銘は「兵は、拙速を尊ぶ」どんどん行動をおこしていく行動力が一番の力。100%でなくても、まず動くことが大事。そして大きな動きではなく、小さくたくさん動くことがポイントなのだそうだ。

今後の展開としては、長期的には店を増やしたいが、人材育成の面でなかなか難しいものがある。当面は、例えばテイクアウトなど、店舗を増やさず売上げを増やしたいとのお考えだ。

これから始められる方へは、
個人店は絶対安売りはしないこと。魅力ある価値を作って、その価値をいかに伝えるかが大切、とエールを贈る。

パンダ食堂

お客様に”本当に喜んでもらう事”を追求しています

兵藤 剣 氏

鉄板居酒屋
2013年3月

親が共働きで晩御飯は妹と二人だったので、自分が作った。これが料理との出会いで、楽しかったそうだ。その後学生時代のアルバイトからそのまま社員として約20年、飲食店で働いて、様々な業種を経験してきたのだという。

お店を持とう、と思ったきっかけは、勤めていた会社では、キッチンとホールが完全に分離した業態ばかりだったので、お客さんと対面でおもてなしができるお店、鉄板焼きのお店をやりたいと思ったのだという。しかし、鉄板と言っても色々なので、大阪を中心に多くの鉄板のお店を食べ歩いた結果、お好み焼きほど日常食ではなく、海鮮やステーキなどの高級鉄板レストランでもないお店をやりたいと思い、今のお店になったのだそうだ。

開業直後で大変だったのは、繁忙期を読み違えた事。一般的な飲食店のピークは12月なので、3月にオープンして徐々に慣れてきて、お客さんも増やして、12月を迎えようと思ったのだそうだ。

しかし、今の立地は3月4月がピーク。すぐそばに、名古屋でも指折りの桜の名所があったり、大きな病院が近くにあり、毎年春は歓送迎会が多く開催される。大学も近く、新入学のシーズン。ということから、12月の約1.5倍の売り上げになるのだという。その1年で一番のピークに開業したことで、お客様をすごくお待たせしてしまったり、オーダーミスがあったり、十分用意したはずのものがすぐ売り切れたり、とオープン早々、かなり機会損失をしてしまった、とシェフは語る。

しかし、今では春と年末の2つの大きな山があるのはお店にとってプラスになっているので、いい立地だと認識しているとの事。

看板メニューは、鉄板で仕上げる、熱々のキーマカレー。お昼はライスと一緒に。夜はレタスなどと合わせておつまみに。毎日多くの注文が入るという。
長年外食企業で働いていた経験から、待つだけでなく、仕掛けることも必須と考え、オープン以来、毎月続けているのが「合コン」企画なのだそうだ。お客様はもちろん盛り上がるし、スタッフも開催していて楽しいとの事。

お店側から提案して、集客することを習慣化しているので、忘年会や歓送迎会の予約もスタッフがしっかりとれるようになってきたのが大きいという。

お客様に”本当に喜んでもらう事”を常に第一に考えて動けるよう意識しているという。『早く片付けたい』とか『オーダーを早く通したい』などなど、つい、お店の都合で動いてしまいがち、オーナーシェフ自身も含め、常にそう意識して動こうとスタッフに伝えているのだそうだ。

今後の展開として、個人的にお祭りが大好きなので、2号店出店というより、移動販売を手掛けてみたいとの事。お客さんが来るのを待つのではなく、人が集まるところにこちらから出かけていく移動販売に魅力を感じるという。

これから始められる方へ、
向いているか向いていないかは、自分が決めること。どんなに調理や接客が得意で、周りから向いているね、と言われようと本人が思っていないとダメ、続かないのだそうだ。
例え今はキャベツを切るのが下手でも、うまく「いらっしゃいませ」といえなくても、自分自身が、飲食店大好きで、飲食店に向いている、と思えば、チャンレンジして欲しい!とエールを贈る。

大龍

お客様を喜ばせるのが使命!

黒沢 啓二 氏

ラーメン
1983年10月

実家がラーメン店を経営。しかし、家業を継ぐ気はなく、学校卒業後サラリーマンに。しかし、まもなく父親が体調を崩し、会社に勤めながらお店を手伝う事になったのだそうだ。20代前半の頃だったという。

その後父親が他界。お店をどうするかの決断を迫られた時、約5年間、1日の休みもなく手伝ってきて、決して苦痛ではなかったし、だんだん面白味も感じてきたので、自分が継ぐことを決意したのだそうだ。

継ぐにあたっては、ラーメンはもちろん、 焼きそば、つけ麺等の麺類をすべて手打ち麺に変えたのだそうだ。麺を打つ量も増えて大変だったが、「全品手打ち麺」という打ち出しはインパクトがあり、お客様に受け入れてもらえたとの事。

さらに、すべての量を他店の1.5倍にし、大盛りは350gにして他店の完全な2人前の量にしたのだという。しかも家族で利用してほしかったので、取り分けもOKに。

ここまでやると、うわさが広がって、大食いの方や、お子様連れのご家族などを中心に、新規客もかなり増え、リピーターになってくれた方も少なくないそうだ。

看板メニューは「五目あんかけラーメン」(広東麺に近いもの)。
普通ラーメンというと醤油、豚骨、味噌、などで味を競っているが、その枠で戦っていては大手には勝てないと考え、他店ではなかなかやっていない、やっていてもメインではない、広東麺で行こう、「あんかけラーメン屋で1番になろう!」と決めたのだという。

おかげさまで、大食漢の若者から、家族連れ、シルバー世代(五目ラーメンはあっさり味)まで、あらゆるお客様にヒットしたのだそうだ。


開業当初は人で非常に苦労したとの事。
狙いが当たって、好スタートは切れたが、両親が2人で切り盛りしている時に比べ、いきなり4倍の売り上げになったので、人が全く足りず、当初は自分が1日16時間働いていた、とご主人。

すぐにアルバイトを募集したが、自分もそれまで雇われていた側だったので、どう人を使ったらいいのか、どうしたら人がついてくるのがが当時よくわからかったという。

これまで継続できた秘訣は、地域で唯一の店を目指し、それが受けたことに加え、顧客リストも地道に収集し活用しているおかげ、との事。今メール会員は2,500人、席数の約50倍の人数がいるのだそうだ。メール配信は週1回。

ちなみにメール会員特典は、ギョーザ380円が90円!(1人前)
原価割れだが、顧客情報は重要だし、お客様が喜ぶことは続けようと決めたのでいまでもやっているという。

経営理念は、
「お客様をいかに喜ばせるか」「スタッフを大事に」

これから始められる方へ、
お客様を喜ばせるために、全力を尽くすのはもちろんだが、自分の「世界観の中で生きられる」!これこそが商売の醍醐味だと思うので、頑張って欲しい。とエールを贈る。

朱蔵

感覚ではなく、仕組み作り

藤田 紘司 氏

居酒屋
平成25年7月

現在は居酒屋だが平成25年にすすきのでオープンした時は「やきとん 朱蔵」。大学を卒業後、営業を4年経験し、自営で営業代理店の会社を興す。営業先を自分で発掘することは攻めの営業。自分は攻めではなく、待ちの営業をしたいと飲食店の世界へ飛び込んだ。

「やきとん」の東京某有名店にアルバイト、そしてそこから独立する人に「給料要らないからレシピを教えて欲しい」と修行に入る。するとそこへ、すすきので飲食店を開業していた知人から、その店の跡を使わないか、と話が飛び込んできた。 居抜きで串用の焼台と冷蔵庫を入れ替えたのみ、飲食未経験から修行4ヶ月でお店をオープンさせた。それでも細かい経費はかかったようだ。賃借契約終了時、継続するより広い場所に移ることを考えた。 条件は「路面店」「席数」「深夜営業なし」「家賃」など色々と考えた末、現在の北24条に決めた。今となっては、すすきので来て頂いていたお客様を手放し、一からお客様を呼び込むということになり後悔もあるという。 「やきとん」は認知度も高くはなく、一般的に受け入れられる居酒屋に業態変更したがメニューには、やきとんの名残が多く残っている。名前も「朱蔵」のみとした。

現在のウリは『安さと酒の品揃え』。需要の裾野を広げることが目的だ。ビールなどの単品料金が安いのはモチロン、飲み放題もビックリの価格。料理で利益確保をしているようだ。 すすきの時代と比べ席数は多くなったが、スタッフも数名増え、水道光熱費や広告宣伝費もかかり、利益は多くないと語る。 感覚でやらない、全部自分で理屈で考えないとダメ。余計な経費は要らない、そして危機管理能力を持ち営業中の予約状況の確認、過去のデータ分析で割引の告知など売上に繋がる工夫をしているという。 一番大切にしているのはスタッフ、一緒に働く仲間だからだという。そして営業時間を変えることなく、お客様がいなくても店を早仕舞いすることはない。

リル オーガニック グリーン

食べて健康になるカフェ

水谷眞紀 氏

カフェ
2012年3月

短大卒業後、広告関係の会社に勤務し、8年ほど勤務。仕事は好きだったが、体を壊して辞めることになったとの事。
その頃、マクロビに出会い、元々料理には興味があったので、ある料理教室の講師をすることに。その後、自分の考えをすべて伝えられる場が欲しいと思い、カフェの開業を目指すことになったのだという。

お店のコンセプトは「オーガニックを身近に!食べて健康になる」
身体によいものを手軽に身近に楽しめる、いわゆる”マクロビカフェ”
ターゲットは「仕事一生懸命の方・忙しい方」

繁華街に近い場所にあるので、見た目のかわいさで入ってきてくれる女子が思ったより多く、そこからお店のコンセプトが気に入って通ってくれる常連さんも結構いるのだそうだ。

料理教室も毎月開催していて、意識の高い芸能人やアスリートの方も参加されるのだという。しかし、料理教室はメインではない、あくまでファンサービスという位置づけとの事。

開業時に一番苦労したのは人材との事。(専門的な部分もあるので)

また、当初営業時間が長すぎた(朝9時~夜10時)のも失敗だったそうだ。朝は仕込みがあるので早朝に出勤し、夜も片付けが終わると12時過ぎになることも多く、自分のことが全く何もできない状態。その後は徐々に変えていったのだという。

さらに、自分自身のこだわりが強く、何度もお店の改装をやることに。ほとんど最初の姿をとどめていないそうだ。オーナーいわく、今思えば、初めての出店では、最初にあまりきっちり完成形を作らない方がいいのかもしれないとの事。使っていって分かる部分、気づく部分も多いので、徐々に変えていくのがいいのだという。

人気のメニューは「デリの盛り合わせ」ランチでも、夜のつまみとしても人気なのだそうだ。

これまで続けてこられたのは【妥協と人の支え】があったから、との事。諦めや手抜きではなく、お客さんと自分の思いをすりあわせていく、いい意味での妥協が必要だし、人(お客様、スタッフ、家族)には本当に支えられたのだという。

大切にしているのは「他人は自分の鏡」であるという事。ちょっとテイストが違うお客様が集まってくるときは、自分の考えがブレていたり、お客様から、思わぬご指摘を受けた時は、自分の気持ちがちょっと違うところに行っていたり、まさに自分を映し出す鏡だとつくづく思うそうだ。

今後はいろいろ計画があるが、一度、ナンバー2の役をやってみたいとの事。自分が経営者になってわりとすぐに、参謀というかナンバー2に向いていると気づいたのだそうだ。ナンバー2を見つけることの大変さは痛感しているので、信頼できる人のもとで、一度ナンバー2をやってみたいとのお考えだ。

これから始められる方には、人の意見に耳を傾けることができる包容力を持ってほしいそうだ。簡単ではないかもしれないが、もしできたら、成功の確率がぐっと上がると思うので、ぜひ意識してみてほしい。とのアドバイスをいただいた。

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